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※本コンテンツの一部はClaudeも参考にしています。
拓也と再会したのは、涼介と出会う少し前のことだ。

地元の仲間が集まる、よくある居酒屋。
少し遅れて入ったら、すでに席は埋まっていて、奥の方に拓也の顔が見えた。
中学の頃から名前だけは知っていた、1個下の人。同じバスケ部。ちゃんと話したことは、ほとんどなかった。
目が合った。
「あ、瑠璃先輩じゃん」
それだけだった。
それだけなのに、なんだか落ち着かなかった。

その夜、拓也とはほとんど話さなかった。隣の席になることもなかった。
ただ、帰り際に「またね」と手を振った。
でも、なぜか胸の奥がざわついた。

次に会ったのは、コンビニだった。
妊娠がわかってから、数時間後のことだ。夜の10時を過ぎた頃、一人で外に出た。誰かに話したくて、でも誰にも話せなくて、ただ歩きたかった。
飲み物のコーナーに立って、何を買うかも決めないまま、ぼんやりしていた。

「あ」
振り返ると、拓也がいた。
「こんな時間に買い物?」
「うん、ちょっと気分転換」
それだけ言った。
レジで会計を済ませて、駐車場に出ると、後ろから拓也も出てきた。
「大丈夫か」
振り返ったら、拓也が真顔で見ていた。
顔色が悪いのは自分でもわかっていた。
でも、何も言えなかった。

笑った。
大丈夫じゃなかったけど、笑った。
「大丈夫だよ」
「大丈夫に見えないけど」
「拓也はなんでいるの? 東京の大学に行ってるんじゃなかった?」
「うん、ばあちゃんがちょっと危ないって聞いたから顔見に来た」
「おばあちゃん、大丈夫だった?」
「うん。まあ、もう85歳だしな。生きてるうちに会えるのも、これが最後かもしれない」
今、私のお腹には新しい命がいる。
付き合ってもいない人と、できてしまった子。それがなぜか、拓也に申し訳なく思えた。
少しの沈黙が走った。
ふたり同時に、なんとなく空を見上げた。
ひんやりした夜風が頬を撫でて、星がひとつ、またひとつと瞬いていた。

「今、幸せ?」
「え?」
驚いて思わず拓也の顔を見ると、どこか悲しげで、今にも泣きそうだった。
胸が引きちぎれそうになった。
「幸せに決まってんじゃーん! 拓也は? 彼女いるの? あっちで遊びまくってんでしょー。やだなー、イケイケ男子はこれだから大変だわ」
なにいってんだろ、私。
「ばーか」
ふっと笑って、また空を見上げた。
どちらからともなく、またねの言葉で別れた。
駐車場を出て、少し歩いたところで、足が止まった。
やばい、泣きそう。
きっと拓也にはわかっていた。私が無理をしていたことも、誰かに本当は「大丈夫?」と聞いてほしかったことも。

しばらくして、拓也からLINEが来た。
〈元気にしてる?〉
見た瞬間、胸が苦しくなった。
東京での新しい生活が始まったのに、涼介は家にいない。
大きくなるお腹に不安を抱えながら、ただただ一日を過ごしていた。
孤独だった。
誰かの声が、欲しかった。
なんでこのタイミングで——そう思いながら、返信するかどうか少し迷って、短く打った。
〈うん、まあ〉
また数日後、もう1通来た。
〈何かあったら言えよ〉
画面を見たまま、しばらく動けなかった。
何かあったら言えよ。
何かあった。
でも、言えなかった。
言っていい相手かどうかも、わからなかったから。
〈ありがとう〉
それだけ返した。

その頃、SNSが流行り出していた。
地元の友達からもFacebook申請が来ていた。その流れに乗るように、拓也からも申請が来た。
承認するかどうか、3日迷った。
なぜ、迷っているのかもわからない。
結局、した。
〈承認サンキュー〉
〈うん。なんか楽しそうだね〉
〈まあな〉
拓也のページには、大学の仲間とのバスケットの写真や、キャンプをしている写真が並んでいた。
笑っている顔。楽しそうな日常。
私とは全然違う世界で、ちゃんと生きているんだな、と思った。
それだけ思って、スマホを伏せた。

それから数年後、離婚した。
半年ほど経った頃、久しぶりに軽井沢の実家に帰った。年越しに合わせて帰ったこともあり、毎晩のようにごちそうが並んだ。
母の作る料理はどれも美味しくて、晴斗も唐揚げを何度もおかわりした。

誰かが作ったごはんは美味しい。
そんな当たり前のことすら、忘れていた。
夜、拓也から連絡が来た。
最後にやり取りをしてから4年が経っていた。
〈帰ってきてる?〉
〈うん。おととい帰って来た〉
〈会えるか〉
既読をつけてから、しばらく返信できなかった。
なんで今なんだろう。
なんで拓也なんだろう。
でも、断る理由も思いつかなかった。
断りたくない、という気持ちが、どこかにあった。
〈うん〉
送ってから、少し後悔した。
待ち合わせは、あのコンビニにした。

着いたら、もう車が停まっていた。
窓が開いて、拓也が顔を出した。
車の窓から見える拓也の横顔は、最後に会った頃よりどこか大人びていた。
「久しぶり」
「久しぶり」
促されるまま、助手席に乗り込んだ。
動くわけでもないのに、シートベルトを締めた。
「子ども、お母さんに見てもらってる」
「そうか」
「晴斗っていうんだ、3歳になった」
「早いな」
「うん」

しばらく、二人とも黙っていた。
コンビニの駐車場に、エンジン音だけが低く響いていた。
「なんで言わなかった?」
「え?」
「離婚したこと」
知ってたんだ。
きっとバスケ部の誰かが言ったのだろう。それか、狭い街だ。親同士で話したことが、拓也の耳にも届いたんだろう。
「あーうん。した。でも平気。私強いし。シングルマザー頑張るって感じ。今住んでるシェアハウスも楽しいし。もう、男なんていらなーいって感じ」
私の口は止まらなかった。
「え、なに? まさか心配してくれてたの? やだー拓也ってば、優しいんだから」
拓也の左肩を軽く叩くと、見たこともないような形相で私を見た。
「何かあったら言えよって、言っただろう」
私の足は軽く震えていた。
そこから拓也は何も聞かなかった。
離婚のことも、涼介のことも、これからのことも。何も聞かれないから、何も言わなくていい。
なのに、不思議と息がしやすかった。
「送っていくよ」
「……ありがとう」
コンビニから家までは5分もなかった。
その間会話はなく、ここ曲がって、そこまっすぐと道案内をするだけだった。
ずっと、このまま時間が止まればいいと思っていた。

家の前に着いたとき、拓也がエンジンを切った。少し間があって、小さく息を吐いたように見えた。
「今、幸せ?」
コンビニでたまたま会った夜と同じ言葉だった。冗談っぽくもなく、真剣すぎるわけでもなく。
ただ、そこに置くように。
今回は、笑えなかった。
「……わかんない」
それだけ言って、車のドアを開けた。
「じゃあ」
「じゃあ」
ドアを閉めた音が、夜の空気に溶けた。

家に向かって歩きながら、振り返らなかった。振り返ったら、何かが変わってしまいそうで。
変わることが、怖かった。
玄関を開けると、真っ暗で静かだった。
寝ている晴斗の顔を見てほっとすると同時に、胸の奥がざらっとした。
罪悪感。
数分でも男性といたことが、ひどく悪いことに思えた。
それなのに、頭の中に浮かぶのは、たった数分過ごしただけの車のシートのぬくもりと、芳香剤の香りだった。
その中に、横顔の拓也がくっきりと浮かび上がる。
もっと一緒にいたかった——はっきりと、思った。
でも、踏み出さなかった。
踏み出せる人間じゃないことを、私は自分が一番よく知っていた。

拓也からその後、連絡は来なかった。
私からも、しなかった。
それでいい、と思った。
それでいい、と何度も思った。
《瑠璃の景色》








