【瑠璃を照らす光】第三章 記憶

瑠璃を照らす光

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拓也と再会したのは、涼介と出会う少し前のことだ。

地元の仲間が集まる、よくある居酒屋。

少し遅れて入ったら、すでに席は埋まっていて、奥の方に拓也の顔が見えた。

中学の頃から名前だけは知っていた、1個下の人。同じバスケ部。ちゃんと話したことは、ほとんどなかった。

目が合った。

「あ、瑠璃先輩じゃん」

それだけだった。
それだけなのに、なんだか落ち着かなかった。

その夜、拓也とはほとんど話さなかった。隣の席になることもなかった。

ただ、帰り際に「またね」と手を振った。

でも、なぜか胸の奥がざわついた。

次に会ったのは、コンビニだった。

妊娠がわかってから、数時間後のことだ。夜の10時を過ぎた頃、一人で外に出た。誰かに話したくて、でも誰にも話せなくて、ただ歩きたかった。

飲み物のコーナーに立って、何を買うかも決めないまま、ぼんやりしていた。

「あ」

振り返ると、拓也がいた。

「こんな時間に買い物?」

「うん、ちょっと気分転換」

それだけ言った。

レジで会計を済ませて、駐車場に出ると、後ろから拓也も出てきた。

「大丈夫か」

振り返ったら、拓也が真顔で見ていた。

顔色が悪いのは自分でもわかっていた。
でも、何も言えなかった。

笑った。
大丈夫じゃなかったけど、笑った。

「大丈夫だよ」

「大丈夫に見えないけど」

「拓也はなんでいるの? 東京の大学に行ってるんじゃなかった?」

「うん、ばあちゃんがちょっと危ないって聞いたから顔見に来た」

「おばあちゃん、大丈夫だった?」

「うん。まあ、もう85歳だしな。生きてるうちに会えるのも、これが最後かもしれない」

今、私のお腹には新しい命がいる。

付き合ってもいない人と、できてしまった子。それがなぜか、拓也に申し訳なく思えた。

少しの沈黙が走った。

ふたり同時に、なんとなく空を見上げた。
ひんやりした夜風が頬を撫でて、星がひとつ、またひとつと瞬いていた。

「今、幸せ?」

「え?」

驚いて思わず拓也の顔を見ると、どこか悲しげで、今にも泣きそうだった。

胸が引きちぎれそうになった。

「幸せに決まってんじゃーん! 拓也は? 彼女いるの? あっちで遊びまくってんでしょー。やだなー、イケイケ男子はこれだから大変だわ」

なにいってんだろ、私。

「ばーか」

ふっと笑って、また空を見上げた。

どちらからともなく、またねの言葉で別れた。

駐車場を出て、少し歩いたところで、足が止まった。

やばい、泣きそう。

きっと拓也にはわかっていた。私が無理をしていたことも、誰かに本当は「大丈夫?」と聞いてほしかったことも。

しばらくして、拓也からLINEが来た。

〈元気にしてる?〉

見た瞬間、胸が苦しくなった。

東京での新しい生活が始まったのに、涼介は家にいない。

大きくなるお腹に不安を抱えながら、ただただ一日を過ごしていた。

孤独だった。
誰かの声が、欲しかった。

なんでこのタイミングで——そう思いながら、返信するかどうか少し迷って、短く打った。

〈うん、まあ〉

また数日後、もう1通来た。

〈何かあったら言えよ〉

画面を見たまま、しばらく動けなかった。

何かあったら言えよ。

何かあった。
でも、言えなかった。

言っていい相手かどうかも、わからなかったから。

〈ありがとう〉

それだけ返した。

その頃、SNSが流行り出していた。

地元の友達からもFacebook申請が来ていた。その流れに乗るように、拓也からも申請が来た。

承認するかどうか、3日迷った。
なぜ、迷っているのかもわからない。
結局、した。

〈承認サンキュー〉

〈うん。なんか楽しそうだね〉

〈まあな〉

拓也のページには、大学の仲間とのバスケットの写真や、キャンプをしている写真が並んでいた。

笑っている顔。楽しそうな日常。

私とは全然違う世界で、ちゃんと生きているんだな、と思った。

それだけ思って、スマホを伏せた。

それから数年後、離婚した。

半年ほど経った頃、久しぶりに軽井沢の実家に帰った。年越しに合わせて帰ったこともあり、毎晩のようにごちそうが並んだ。

母の作る料理はどれも美味しくて、晴斗も唐揚げを何度もおかわりした。

誰かが作ったごはんは美味しい。

そんな当たり前のことすら、忘れていた。

夜、拓也から連絡が来た。

最後にやり取りをしてから4年が経っていた。

〈帰ってきてる?〉

〈うん。おととい帰って来た〉

〈会えるか〉

既読をつけてから、しばらく返信できなかった。

なんで今なんだろう。
なんで拓也なんだろう。

でも、断る理由も思いつかなかった。

断りたくない、という気持ちが、どこかにあった。

〈うん〉

送ってから、少し後悔した。

待ち合わせは、あのコンビニにした。

着いたら、もう車が停まっていた。
窓が開いて、拓也が顔を出した。

車の窓から見える拓也の横顔は、最後に会った頃よりどこか大人びていた。

「久しぶり」

「久しぶり」

促されるまま、助手席に乗り込んだ。
動くわけでもないのに、シートベルトを締めた。

「子ども、お母さんに見てもらってる」

「そうか」

「晴斗っていうんだ、3歳になった」

「早いな」

「うん」

しばらく、二人とも黙っていた。

コンビニの駐車場に、エンジン音だけが低く響いていた。

「なんで言わなかった?」

「え?」

「離婚したこと」

知ってたんだ。
きっとバスケ部の誰かが言ったのだろう。それか、狭い街だ。親同士で話したことが、拓也の耳にも届いたんだろう。

「あーうん。した。でも平気。私強いし。シングルマザー頑張るって感じ。今住んでるシェアハウスも楽しいし。もう、男なんていらなーいって感じ」

私の口は止まらなかった。

「え、なに? まさか心配してくれてたの? やだー拓也ってば、優しいんだから」

拓也の左肩を軽く叩くと、見たこともないような形相で私を見た。

「何かあったら言えよって、言っただろう」

私の足は軽く震えていた。

そこから拓也は何も聞かなかった。
離婚のことも、涼介のことも、これからのことも。何も聞かれないから、何も言わなくていい。

なのに、不思議と息がしやすかった。

「送っていくよ」

「……ありがとう」

コンビニから家までは5分もなかった。

その間会話はなく、ここ曲がって、そこまっすぐと道案内をするだけだった。

ずっと、このまま時間が止まればいいと思っていた。

家の前に着いたとき、拓也がエンジンを切った。少し間があって、小さく息を吐いたように見えた。

「今、幸せ?」

コンビニでたまたま会った夜と同じ言葉だった。冗談っぽくもなく、真剣すぎるわけでもなく。

ただ、そこに置くように。

今回は、笑えなかった。

「……わかんない」

それだけ言って、車のドアを開けた。

「じゃあ」

「じゃあ」

ドアを閉めた音が、夜の空気に溶けた。

家に向かって歩きながら、振り返らなかった。振り返ったら、何かが変わってしまいそうで。

変わることが、怖かった。

玄関を開けると、真っ暗で静かだった。

寝ている晴斗の顔を見てほっとすると同時に、胸の奥がざらっとした。

罪悪感。
数分でも男性といたことが、ひどく悪いことに思えた。

それなのに、頭の中に浮かぶのは、たった数分過ごしただけの車のシートのぬくもりと、芳香剤の香りだった。

その中に、横顔の拓也がくっきりと浮かび上がる。

もっと一緒にいたかった——はっきりと、思った。

でも、踏み出さなかった。

踏み出せる人間じゃないことを、私は自分が一番よく知っていた。

拓也からその後、連絡は来なかった。
私からも、しなかった。

それでいい、と思った。
それでいい、と何度も思った。

《瑠璃の景色》



この記事を書いた人
hamum

恋愛を楽しんで欲しい!その思いでこのサイトを作りました。結婚相談所で長くライターをしていた時、たくさんの恋愛サイト、恋愛本を読みました。そしてわかったことが「恋愛は難しい」ということ。私は恋愛が苦手です。決して恋愛の先生ではありませんので一緒に恋愛を学んでいきましょう。映画やドラマ、おでかけもつぶやきます。

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