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※本コンテンツの一部はClaudeも参考にしています。
四十歳の誕生日は、軽井沢で迎えた。
バスケ部の恩師、田中先生の定年送別会があったからだ。
東京から軽井沢へ。
新幹線のホームに向かうと、後ろから声がした。

「……瑠璃?」
振り返ると、拓也がいた。
「え、なんで」
「そっちこそ」
「送別会」
「俺も」
二人で顔を見合わせて、笑った。
そうか、拓也も田中先生にお世話になっていたんだ。
気がつくと、拓也は後ろに並んでいた。

「なんで後ろにいんのよ」
「いいだろ別に」
時間通りに来た新幹線に乗り込むと、拓也は隣に座った。
「なんで隣なのよ」
「まあまあ」
戯けた顔で言って、拓也はそのまま座った。

「スーツカッコいいじゃん」
「仕事帰りの俺見るの初めてか? 惚れんなよ? 男らしさが増した俺に」
「バカじゃん」
行きの新幹線の中、他愛もない話をした。
田中先生のこと。地元が変わっていくこと。晴斗がサッカーをやっていること。拓也の仕事のこと。
あっという間に軽井沢に着いた。

送別会は賑やかだった。
懐かしい顔ぶれが集まって、笑って、飲んで、気づいたら夜が遅くなっていた。
「永野、変わらないな」
そう言ってくれた人がいた。
変わってないわけないのに——と思いながら、笑って「先生こそ」と返した。
帰り際、田中先生が私の手を握って言った。
「よく頑張ったな」
それだけだった。
それだけなのに、目頭が熱くなった。

その日は実家に泊まり、翌日の夕方、帰ることにした。
20代の頃働いていたアウトレットはどんどんエリアを拡大し、店舗の数は200を超えていた。

日が沈む景色が好きだった。
大好きな景色を目に焼き付けて、新幹線のホームに向かった。
「何でまたいるのよ」
「こっちのセリフだわ」
帰りも、拓也と同じ新幹線だった。
プシュ、と缶を開ける音が車内に響いた。
「飲む?」
「飲む」
そう言うと、コンビニの袋から缶ビールを取り出した。

「乾杯」
「乾杯」
「誕生日おめでとう」
「え? 何で知ってんの?」
「Facebook」
「やば。懐かしすぎ」
真っ黒な窓に、ふたりの横顔が映った。
お互い、年を重ねた。
知らないことも、たくさんあるだろう。
でも、それでいい。
「息子、もうすぐ高校生か」
「そう。彼女もできて」
「早いな」
「早いよ。びっくりした」
拓也が笑った。
私も笑った。
窓の外に、夜の景色が流れていく。
東京が近づくにつれて、街の光が増えていく。

しばらく、二人とも黙っていた。
でも、沈黙が苦じゃなかった。
ずっと、どこかで思っていたことがあった。
拓也と会ったら、どんな気持ちになるんだろう。
「じゃあ」で別れたあの夜から、ずっと、どこかに引っかかったままだった。
もっといたかった。
でも踏み出せなかった。
踏み出せる人間じゃないことを、私は知っていた。
その後、連絡はなかった。
私からも、しなかった。
それでいい、と何度も思った。
でも、本当にそれでよかったのか——今日会うまで、わからなかった。

東京駅が近づいてきた頃、拓也が言った。
「今、幸せ?」
今回は、すぐに答えられた。
「うん、幸せだよ。ちゃんと」
拓也は少し黙って、それから笑った。
「よかった」
「うん」
私は少し間を置いた。

「ありがとう」
「おう」
また、二人で笑った。
東京駅に着いて、ホームに降りた。
「じゃあ」
「じゃあ」
それだけだった。

拓也は改札の方へ歩いていった。
私はその後ろ姿をしばらく見ていた。
帰り道、夜の東京を歩きながら、空を見上げた。
星は見えなかった。
東京の夜は明るすぎて、いつも星が見えない。
でも、街の光が、空をうっすらとオレンジ色に染めていた。
東京タワーの光が、遠くに見えた。

——私を照らす光は、どこにあるんだろう。
ずっと、そう思っていた。
誰かが照らしてくれる光を、どこかに探していた。
晴斗の成長。拓也の言葉。さくらさんの笑顔。風雅さんの「会いたいです」。田中先生の「よく頑張ったな」。
みんなが少しずつ、
照らしてくれていた。
私は、その光をたくさん
受け取ってきたんだ。
スマホを取り出すと、晴斗からLINEが来ていた。
〈お母さん、東京帰ってきたの?〉
〈今から帰るよ〉
〈ふーん。飯、食べた?〉
〈食べてない〉
〈親子丼作った〉
〈え? やった! まじ? 急いで帰るね〉
そこから返事はなかった。
もう、と笑みが溢れ、早足で家に向かった。私の宝物。晴斗が待つ家に。
《瑠璃の景色》








