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風雅さんからまた連絡が来たのは、晴斗に殴られてから少し経った頃だった。
〈元気にしてますか〉
画面を見て、少し迷った。
元気じゃなかった。
でも、そう返す気にもなれなくて。
〈まあまあです〉
それだけ返した。

すぐに既読がついて、こう返ってきた。
〈会いませんか〉
断る理由を考えた。
でも、思いつかなかった。
〈いいですよ〉
誰でもいい。
誰かと話をしたかった。

待ち合わせ場所に着くと、風雅さんはもう来ていた。
「お久しぶりです」
「お久しぶりです」
それだけだった。
あれ、こんな顔だったっけ、とちょっと笑った。

二人で並んで歩き始めた。
どこへ行くとも決めていなかった。
誰かと並んで歩く。
それ自体が、久しぶりだった。
中学生になった晴斗が隣を歩くことも、もうほとんどない。
ましてや、殴られたあの日から、晴斗とまともに話をしていなかった。

誰でもよかった。
わかってる。
まずは、子どものことが優先だって。
でも……
いつもと違う何かがしたかった。
子育て、仕事、その繰り返しにうんざりしていたのは、本当のことだった。
カフェに入って、コーヒーを飲んだ。

他愛もない話をした。
仕事のこと、街のこと。
深い話は何もしなかった。
言葉を吐き出すと体が軽くなるようだった。
誰かと話すって、楽しかったんだ。

帰り道、また会いましょうと言われた。
「また会いましょう」と返した。

しかし、それから、風雅さんから連絡が来ることはなかった。
結局、そんなもんか、と思った。
新しい出会いかも、何かが始まるかもと、ひとり勘違いをしていた。
馬鹿みたい。
3ヶ月もすると、思い出すこともなくなった。

中3になった晴斗はその頃から、少しずつ落ち着いてきた。
相変わらず「うるさいな」とは言う。
でも、あの夜のことは二人ともうやむやにしたまま、日常が戻っていた。
朝、「ママ、行ってきます」と言って出ていく後ろ姿を見ながら、少しだけほっとした。
そして、ある日。

「ママ、今日、友達と遊んでいい?」
「いいよ。誰と?」
「……女子」
「え」
晴斗が耳まで真っ赤になった。
私は笑いをこらえながら、「いってらっしゃい」とだけ言った。
扉が閉まってから、声を出して笑った。
いつのまに。
本当に、いつのまに。
その日、帰ってからの晴斗は「お母さん」と呼ぶようになった。
それも可笑しくて、また笑った。

晴斗に春が訪れた頃、風雅さんから連絡が来た。
店舗勤務から本社に異動したことで仕事量が倍になったと話していた。
それでも文面から、新しい環境を楽しんでいることが伝わってきた。
その様子が嬉しかった。
なんでもない報告。
でも、前向きに生きていること。
素直に可愛いなと思った。

風雅さんは、会いたいと、まっすぐ言葉で伝えてくれる。
何歳になったって、そういう言葉は嬉しい。

ひんやりとした風が吹く秋の夜、街路樹にはライトが灯り、冬の訪れを前に街が華やいでいた。
風雅さんは待ち合わせ場所に車で現れた。
どこへ行くとも聞かなかった。
風雅さんも何も言わなかった。
ただ、車が走っていた。
溶けるような温かい車内が心地よかった。
しばらくして、風雅さんが言った。
「前に、見たいって言ってたから」
「え?」
「曲がったら、見えるよ」
車が曲がった瞬間、東京タワーが現れた。

夜空に浮かぶ、オレンジ色の光。
こんなに大きかったんだ。
こんなに、きれいだったんだ。
胸が、苦しかった。
——あ、好きかも。
言葉にはしなかった。
できなかった。
ただ、そう思った。
風雅さんは何も言わなかった。
私も何も言わなかった。
車を駐車場に停めて、ただ、二人で東京タワーを見ていた。

どれくらいそうしていたんだろう。
風雅さんがそっとエンジンをかけた。
それだけだった。
でも、何かが始まっていた。
言葉にしなくても、わかった。

帰り道、車の窓から夜の街が流れていった。
東京って、こんなにきれいだったんだ——と思った。
ずっとここで生きてきたのに、気づかなかった。
光って、いつもそこにあるのかもしれない。気づいていないだけで。

でも今夜は、ちゃんと見えた。
それだけで、十分だった。
《瑠璃の景色》








