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※本コンテンツの一部はClaudeも参考にしています。
幸せそうなカップルを見かけたのは、仕事の帰り道だった。

新宿の交差点。並んで歩く二人。男の人が、女の人の荷物をさりげなく持ち替えた。
それだけのことだった。なのに、足が止まった。
——恋したいな。
いつぶりに思ったことだろう。
ずっと忘れていた感覚が、ふと、戻ってきた。

33歳。
パートから契約社員を経て、6年目でやっと社員になった。
つまり、離婚して6年が経った。
収入が安定したことでシェアハウスを出て、狭い部屋だがマンションを借りることもできた。
晴斗の成長とともに、自分も少しずつ前に進んでいる。
でも、仕事と晴斗のことで頭がいっぱいの毎日の中で、恋愛のことなど考える余裕はなかった。
——このまま出会いもなく、一人で人生を終えるのだろうか。
信号が青に変わった。私はまた歩き始めた。

夏のセールが終わり、お疲れ様会が開かれた。

同じ商業施設で働くスタッフに声がかけられ、各店舗から参加していた。
たまたま晴斗が始めたサッカークラブの合宿があり、久しぶりに一人で過ごす夜だった。

帰り道でスマホを開くと、インスタグラムに見知らぬアカウントからメッセージが届いていた。
お酒が入った勢いで、スタッフ同士でアカウントを教えあったのだ。
そうだ、東京タワーが見たいよね。
と話した人だ。
東京の名所なんて東京タワーかスカイツリーしか知らなかった。適当に盛り上がるネタとして出したんだ。

丁寧な文章だった。
何度かやりとりするうちに、不思議と話しやすかった。
3歳年下の、穏やかな人。
「今度ランチに行きませんか?」
はじめは戸惑った。
私なんかと、なぜ。

「時間が合えば」
その後は自然とやりとりが終わった。
その夜はそれだけだった。
ふと、たまっている洗濯物を思い出した。
新しい出会いなんて、恋愛なんて、今の私には贅沢すぎる話だ。
スマホをかばんにしまって、家に向かった。

晴斗が中学生になった頃から、家の空気が変わった。
「うるせーな」「あっち行けよ」
毎朝、声をかけるたびに壁に跳ね返ってくるような言葉が返ってくる。
さくらさんが「男の子って、そういうもんだよ」と言っていたのを思い出して、頭ではわかっていた。
でも、わかっていても、しんどかった。
とっくに背も越された晴斗の存在が、怖い時もあった。

ある夜、些細なことで口論になった。
晴斗が突然、腕を振り上げた。
後頭部を殴られた衝撃で床に倒れ込んだ。
何が起きたのかがわからず、起き上がるのに時間がかかった。
痛かった。
体よりも、心が。

晴斗が部屋に戻っていく後ろ姿を見ながら、私は涙が止まらなかった。
私の育て方が悪かったんだ。
そう思った。
離婚した私が、晴斗をひとりで育てようなんて、そもそも無理だったんだ。
父親がいないから、晴斗はこうなったんだ。
全部、私のせいだ。
涼介はずるい。
その言葉が、頭の中に浮かんだ。
ずるい。
私だけが全部背負って、私だけがこんなに傷ついて。

なんで涼介は、何もなかったように生きているんだろう。
悔しくて、腹が立って、でも誰にもぶつけられなくて、ただただ泣いた。
恋がしたいなんて、一瞬でも思った私が馬鹿だった。
《瑠璃の景色》








